典型的理系人の雑記帳

自分の忘備録です。特段書くことは無い気がします。

なぜ北朝鮮は核兵器をつかってはいけないのか

★目次★

自分で買って、気になるページがあったので少し考えてみた結果をブログに書こうかと思います。書く内容は、別に何かを代表して言っているわけではありません。個人の感想程度です。

「なぜ人を殺してはいけないのか」

この本のp.206に 「なぜ人を殺してはいけないのか」 なんてページがありまして、世間でも少し話題になったかなとか思ったりしてました。そんな今、北朝鮮がミサイルの発射実験なんてやるもんですから、メディアの煽りに比例して、日本も大ピンチみたいな空気につつまれている気がします。まぁ、ニュースでどう騒ごうと、朝は来るんですけど。

www.nikkei.com

「核をつかっちゃいけない」って言い方がなんか、自分には「殺しちゃいけない」と同じレベルな気がして、正直、小中高の学校生活で「どうして、核は使ってはいけないのか」っていうロジックが納得できるのかわかっていませんでした。そして、このまま大人になってしまった…。 ダメ人間

でも、学校の先生も正直そんなロジックなんてすっ飛ばして歴史の授業って進んでいくんですけど…。まぁ、この本に出会って感情論とかじゃなくて哲学的にどう解釈されるのかちょこっと自分なりまとめてみようかと思います。

社会契約論

この言葉だけを聞くとルソーとか思い出しますが、正直そこんところはちゃんと勉強してませんでして、よくわかりません。僕が買った本の内容を引用させていただくと社会契約論は、

社会思想家でもあったロックの 社会契約論 は、名誉革命(1688)の論理的拠り所でした。元来、人間は社会的かつ理性的なので、無政府の「 自然状態 でも 自然法 によって 自然権、すなわち生命・自由・財産についての 所有権 、侵害する相手を処罰する権利を持っています。ただ、自然状態では所有権が確実に保証されません。そのため、人々は自分の処罰権を公的機関に委ね、法によって所有権が確保されるとする 契約 を結びます。こうした契約によって国家が生まれるとするのが社会契約論です。(貫成人著, 「大学4年間の哲学が10時間でざっと学べる」p.68より)

らしいです。中立的な国家に処罰権を委ねて、法によってさまざまな所有権を確保する契約を結ぶことなんですね。国際社会だったら、国連が国家的立場で、国際法(条約とか)でそれぞれの国が持つべき所有権を保証してもらうことで成り立ってるよという主張です。
まぁ、すべての国がこういう考えかどうか知りません。そして、この契約を結んでいると仮定して北朝鮮に対してどう主張すれば筋が通るのかというとこの本においては、

近代社会において殺人の禁止には、とりあえず理由があります。 社会契約論 においては相互不可侵の契約が結ばれるので、だれかを傷つけた者は罰せられます。だから、自分が殺されたくなければ相手を殺してはならないのです。カントの区別を使えば、これは無条件な定言命法ではなく、条件付きの仮言命法です。 (貫成人著, 「大学4年間の哲学が10時間でざっと学べる」p.206より)

この本の流れを組んで、北朝鮮に対して核を使ってはいけないと主張する際は、「自分たちの国に対して核兵器を使われたくなければ、相手に対しても使ってはならない」と主張しなければならないという訳です。

なんか、横暴な言い方ですね…。日本は別に核兵器保有国でないのでこいう主張は絶対に使えませんが。(使ったら、多分国会議事堂か首相官邸が囲まれる…)

とはいえ、社会契約論的にはこういうロジックで説得するんだなということは少しだけ理解できた気がします。義務教育だと、なんか簡単にすっ飛ばしてしまいそうな内容です。

ロジックを組めてもそこには罠が

ロックやルソーの思想をお借りして、なんとなくダメな理由を自分なりに理解した訳ですが、この考え方には罠があります。

この禁則が有効なのは、相手と自分が同じ契約に参加している時だけです。(貫成人著, 「大学4年間の哲学が10時間でざっと学べる」p.206より)

つまり、国際社会に属する国々と北朝鮮が同じ契約に参加しているという前提条件が無いと相手には「何言ってんだコイツ」状態になってしまうということです。それは、意味無いじゃん…。

ヒロシマナガサキ・フクシマのみなさんの声

よく、震災番組シーズンや終戦記念日シーズンになると、核兵器・核技術による被害が話題に上がります。そこの人たちはよく「核を保有してはいけない」「核兵器は利用してはいけない」という主張をよくしています。

今、自分は国家単位での契約だと「意味ないなーこの考え」となりましたが、みなさんのこのような声は同じ人間として国際社会と社会契約を結んでいるという考えであると主張すれば全世界に対して心に響きそうな気がします。(この感じ方には個人差があります)

なにはともあれ…

戦争まで一発触発ムードがただよっている気がしますが、戦争とかしないで平和にインドアで将棋をやって勝敗をつけれるような平和な世界で平凡に過ごしたい次第です。2020年になれば東京で平和の祭典オリンピックがあります。こんな暗いシーズン早く過ぎればいいのにと思っています。

P.S.

哲学の本ですけど、この本は読みやすかったなーと個人的に思います。しかし、頭に全て入っている訳ではないです。なんか、頭にスッと知識が入ってこないのは年かもしれないので適度に読書して理解できる人間になりたい今日この頃です。(あと、文才が欲しいです。)